協力者からのメッセージ

神様は、私を含め、すべての人を不従順のうちに閉じ込めました (ローマ 11:30-32)。

  • 東川 雄介
  • Japan
  • 07/18/2021 6036

神様は、私を含め、すべての人を不従順のうちに閉じ込めました (ローマ 11:30-32)。神様のみことばと律法を基準として自分自身を見ると、私は罪を犯すだけの存在です。神様のみことばは完全です。ところが私は罪を犯すだけの不完全な存在です。イエスのバプテスマと血による「あわれみ」がなければ、私は地獄に行く定めにある罪人でした。罪から来る報酬は死だからです(ローマ 6:23)。
時々、私は自分が信仰生活を良くしていると思いました。ですが、それは私の勘違いでした。神様が、教会の本を通して私に教えてくれました。私は、神様のみことばを信じず、みことばによって自分自身の姿を見ていなかったのです。神様を心に置いておらず、神様を恐れていませんでした。私は、いつも神様の前で、神様のみことばの前で、神様の教会の前で、神様の民の前で、律法に対して罪を犯すことしかできない者だったのです。
私自身のすべての基準は幻想であり、間違っています。神様の口から出てくる、みことばの基準だけが正しいです。神様のみことばが必要です。みことばを信じる信仰がほしいです。神様のみことばなしに、何もできません。地獄に行くしかない罪人でした。私は律法を守ることができません。だれも守ることができません。ですが、律法は正しいものです。律法を守らなかった私が悪いのです。
私は、誰かを憎んだときに、神様の前に「殺してはならない」という罪を犯しました。律法の前に従順であることができないので、最終的に地獄に行くしかない存在です。「殺してはいけない」という戒めを守ることができません。律法の多くの戒めだけを見ても、その命令を守ることができません。「盗んではならない。」「姦淫を犯してはならない。」「貪ってはならない。」 こうした律法がありますが、私の肉は貪欲です。「これが欲しい、あれが食べたい。あのようにしたい。あの人は、綺麗な女性だ。」 私は、神様の前に呪われた者でした。イエスはおっしゃいました。「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」 (マタイ 5:28)。
私は、神様の律法を守れない者です。そのような弱点と欠点があって、地獄に行く定めにあった私を救うために、約2000年前に救い主が来られました。すなわち、私の救い主イエスは、人の肉のうちにこの世に来られ、ヨルダン川で、人類の代表者バプテスマのヨハネからバプテスマ(按手)を受けて、私のすべての罪をただ一度で背負われ、身代わりとなって十字架で完全な裁きをお受けになりました。死から三日目によみがえられました。私は、神様のあわれみのゆえに、罪のない者、義人になりました。私には、いつも神様のあわれみが必要です。神様のあわれみの大きさ、広さ、深さは計り知れません。主に感謝します。
聖書と一緒に無料の本を通して、神様のみことばを何度も読みながら、自分自身を見て、認め、神様のあわれみを確認することです。神様のみことばを通して、自分自身をさらに深く見ることができるように祈ります。また、神様が、私にみことばを信じる信仰をくださるように祈ります。
Yusuke Higashikawa, Japan